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昔、『ガロン』が打ち切りになった経緯を聞いたことあります。
故人ですが、たかしよいち(高士輿市)という児童文学作家の先生がいます。司書であり、歴史研究家であり、恐竜などの古代生物に関する著書もたくさん執筆されています。私は映像制作をしている時に仕事で先生と知り合いましたが、子供の頃から恐竜好きで文学好き、歴史好きだったことから密かにたかし先生を心の師と仰いでいたものです。実際に先生の著書も何冊か持っていました。私は先生が勤めていた大学を時々訪れ、いろんな話しを聞きました。先生は話好きで、漫画・アニメにも造詣が深く、手塚作品や宮崎駿作品についてもよく話していました。
その後、私は剣術家で作家、ライター、歴史研究家である現在の師匠と知り合い、たかし先生と引き合わせました。
ある時三人で食事をしていて、現在の師匠のご先祖が幕末の剣術家で暗殺者で、師匠がする話が時代物漫画の原案になっているという話題が出ました。その時、たかし先生が「ボクも昔、漫画の原作書いたことあります」と言います。初耳だと思いながら、「何という作品ですか?」と尋ねると、「魔神ガロンっていうんです」。驚く私。「ガロンって、胸にピッグが入っているあのガロンですか?」「そうです。こうやってガロ〜ン!って叫ぶんです」と両手を振り上げる先生。私よりずっと若い師匠は作品を知らなかったようですが、私は驚愕。「手塚作品に原作があったとは…」
たかし先生は若い頃、文学者を志して上京しますが貧乏でした。奥さんが妊娠したため安定した収入が必要となり、出版社の秋田書店に雇ってくれと押しかけたそうです。担当した編集員には断られたそうですが、たまたま通りがかった社長を捕まえ、自分を雇わないと損をすると売り込むと、「キミ、面白い人だね」と話を聞いてくれ、結局漫画雑誌『冒険王』の編集部に配属されたそうです。
編集マンの仕事を始めた先生はある時編集長に、「今は手塚治虫の時代じゃないですか?何故ウチは連載頼まないんですか?」と聞きました。「あの人は売れっ子で、もの凄く忙しいからね。ウチのような若い雑誌には描いてくれないよ」と編集長。「じゃあ、直談判してきます」と、たかし先生は手塚氏の仕事場へ。
玄関先でマネージャーさんが対応してくれたものの、「手塚は忙し過ぎて新しい連載は無理」と断られました。たかし先生が粘っていると、たまたま手塚氏が階段を降りてきたそうです。先生は手塚氏に声を掛け、あなたは冒険王にも連載をするべきだと熱く説きました。手塚氏は「キミ、面白い人だね」と中へ呼び入れ、話しを聞いてくれたそうです。改めて連載を頼む先生に手塚氏は、「今は忙し過ぎて新しい連載は無理だよ。ストーリーを考える時間もない」と言います。「では、ボクがストーリーを書けば連載してくれますか?」とたかし先生。驚く手塚氏でしたが、「じゃあ、面白い話を書いてきたら引き受けよう」ということになりました。こうして連載が始まったのが『魔神ガロン』だったそうです。
『ガロン』はしばらく連載されたものの、「やはり作家を目指そう」と決意したたかし先生が突然編集部を退職したので、打ち切りという形になったようです。手塚氏以外が描いた『ガロン』については何も聞いていません。
私がこの話を聞いたのは15年近く前だったと思います。「えらい話を聞いたな。このことを知っている人間って、今どのくらい生きているんだろう?もしかすると出版社にも手塚プロにもいないんじゃないか?」と思ったものです。
そのたかし先生も数年前に亡くなられましたしね。
手塚治虫マガジンに掲載されてたガロンの方も解説楽しみしてます
ん~所謂一つのぉ~。
ブラック・ヒストリィ~
ですかぁ~?
ゑっへっへ…。
後楽園球場に堕ちたのは知りませんでした。
庵野はウルトラマンの影響を受けてます
三部作のUP有り難うございます。ビッグXはアニメの出来が今ひとつという印象でした。画面がチラチラして見にくく、途中で視聴を止めました。マンガの方も「キングガレアの巻」のような怪物を相手にするストーリーにすると単純で良かったと思いました。マグマ大使は、鉄腕アトム実写版と同様に、ロボット?を実写化する難しさを感じました。さて、ガロンですが、サンデーコミックスの全1巻しか読んでいなかったので、この動画を機会に秋田文庫版全3巻を取り寄せて読みました。第一巻はサンデーコミックスの1巻と同じ内容でした。第2巻・第3巻を流し読みしましたが、確かに絵のレベルに落差があり、一部のページやコマにより、描き手がが明らかに異なるのでは?と感じることがありました。現場では当事者にしか分らない色々な事情があったと推察される作品ですね。
作家センセイが封印したがった「作品」でも、原稿が現存するなら封印などせずドシドシ世に出してもらいたいのがファン心理ですね。フランツ・カフカの例があるではないですか。カフカの場合は、作家と世間に認知される以前に全ての原稿を御本人が封印したがっていたのです。友人の裏切りで死後に世に出てしまい、ドゥルーズ・ガタリによって評論が出版される程になってしまいました。手塚センセの作品も、御本人が嫌がっても「死人に口なし」として世に出してもらいたいです。代筆した虫プロスタッフの事も知りたいです。…「ガロン」本作がボロボロでも、そのスピンオフには秀逸なものがありますよね。「鉄腕アトム」の一エピソード「アトム対ガロン」は素晴らしいものです。
魔神ガロン小学生の時に読みました 当時はワクワクしながら読んだものでしたが代筆とか裏事情があったんですね
小学生だから気がつかなかったです笑
機会があったら読み直してみたいですね
手塚治虫氏の影響をモロに受けた宮崎駿氏の愛弟子としてナウシカの巨神兵の作画を一人でやっていた庵野秀明氏が作り上げたエヴァンゲリオンが魔神ガロンの影響を受けてるかも知れないって事ですか、なるほど
ここの動画とは全く関係のないことを書きます。「魔人ガロン」をリアルタイムで読んでいた者です、当時の単行本も読んでいて、ここの動画の絵とは似ても似つかぬ手塚治虫の本物の絵でした。物語の舞台は、いつも手塚が描くように田舎の農村です。山林にバラバラの部品として包まれて送り先を間違われて地球に落ちて来たガロンはロボットではなく、人造人間であると協調されていて、組み立てた科学者は米など色んな食べ物を試して、やっとクロレラが食料と分かって動き出すのです、読んだときの恐怖感は忘れられません。ガロンのそばにいた赤ん坊を育てていた人は、少し大きくなってから付けてやった名前を呼ぶと、ピックと答えると不思議がっていました。ガロンは旅館で浴衣でなく、褞袍(どてら) を着て廊下を歩く場面もありました。たまたま読んだ月刊誌の別冊での最終回は、手塚の絵もしっかりしたもので、今でも記憶に残っています。ガロンは今の時代では、人類は使いこなせないので、少年ピックとともに何十世紀か先(はっきりした数字は忘れた) に、ピックが信頼する兄と呼ぶ人が作ったタイムマシンで送られます。兄はそんな未来には人類は存在してないだろうし、もしまだ人類がいたとしても、人類は賢く進化しているだろうからガロンを悪用することはないだろうとピックに語ります。ピックも同意し、お兄ちゃん行くよ、と言ってタイムマシンが消えた時点で漫画は終了し、最後のページには1頁使って、人類に不幸があったなら、ガロンはきっと帰ってくるだろうとか大きく書いてありました。幸いなことに私(isimuraable) は手塚治虫の絵は他の漫画家と異なって、絵が荒れたものを見たことがありません。